アメリカを横断してみよう。 | koroのいきあたりばっ旅:アメリカ大陸横断編

アメリカを横断してみよう。

アメリカ大陸を車で横断しよう、という考えは彼女が言い出した。アメリカに来てからあまりいろんなところに旅行に行っていないし、「それに楽しそうじゃない。車に乗ってアメリカのいろんなところを見ようよ」と僕に言った。


僕は正直に言って最初はあまり乗り気ではなかった。アメリカという国に二年近くいたのだけれど、結局この国ではどこにいっても均質で退屈な景色ばかりが連なっているのだろうと勝手に想像していたのだ。別にアメリカの隅々まで見たってしょうがないじゃん、とも思っていた。


しかし、彼女が言うように一度くらいはこの広大な国を車で突っ走ってみたい。広大なテキサスの砂漠、どこまでも続く平原霧にけぶる西海岸の町・・・そんないくつかのイメージが僕の頭の中にもわんもわんとふくらんでいった。


昔のヒト、松尾芭蕉さんも書いているけれど、旅は病的なモノだ。いったん旅に出ることを思いつくと、そのイメージはどこまでもふくらんで、日常の生活に手がつかなくなる。それ以外のことを考えるのがだんだん困難になってくる。そして、たいていの場合いきあたりばったりの旅に出ることになる。


今回の旅のはじまりも、今思うとそれとけっこう似ていた。

横断旅行1

(写真はペンシルバニア州付近のハイウェイにて。特に意味ないです。でも「撮れ」という命令が下りましたので撮りました。)


さらに、村上春樹のエッセイ集「辺境・近境」にアメリカ横断の話が書いてあったこともけっこう影響した。文章の合間から漂ってくるアメリカ的な匂いをかいでいるうちに(そういう文章的な効用を確かにこの人の文体は持っている)やっぱりアメリカ横断にでかけたくなってきたのだ。


しかし問題がいくつかあった。彼女(日本人)はヴァージニア州の運転免許を持っているけれど、僕は運転免許を持っていない。もちろん僕は旅行に行く前に忙しいスケジュールの合間をぬって免許を取ろうとしたけれど、種々の都合で取れなかった。


彼女にそう言うと「んー、じゃあまぁいいんじゃない?あたし一人で運転できるよ」と言い出したので僕はびっくりした。


アメリカ大陸を横断するとなると、僕らがはじめに考えていたプランでは一日に8時間は少なくとも運転することになる。それを二週間以上にわたって一人で続けるのはしんどいだろう。というか正直に言って自殺行為だ。


僕がそういうと、彼女は「んー、まぁでも平気じゃない?あたし運転するの好きだし」なんてことを言い出した。お父さんがきいたら卒倒するだろう。


これは好きとかいう以前の問題である。僕はそう説得して第三者のドライバーを旅の仲間に加えるか、僕が運転免許証を何らかの手段でとるまで待っていてほしいと言ったんだけど、彼女は「大丈夫大丈夫」と言って勝手に大陸横断に必要なものをそろえ始めた。このひとは本当に一人でアメリカ大陸を走って横断するつもりなのだ。こいるはただのアホなんてすばらしい彼女なんだ、と僕は思った。


結果から言うと、彼女は本当に愛車ラブフォーを運転してこの旅を乗り切ってしまった。


本当にあきれるくらいすごいと思う。俺だったら三人くらい代わりの人がいてもできなかったかもしれない。


「だって一人じゃないしさ、助手席に誰かいるだけで疲れ具合とか全然違ってくるよ」と彼女は言うのだけれど、それにしたってほとんど一日座りっぱなし、運転しっぱなしなのだ。まぁおそろしい体力としか言いようがない。俺はこれまで女を甘く見ていた。全女性に対して心から「あんたたちはすげぇ」と言いたい。やっぱり21世紀は元気な女の子たちが作っていくべきだね、うんうん。俺、本気でそう思った。


で、俺。旅行のあいだ何してたかって?うん、そりゃまぁいろいろなんだけど、主にナビですな。だってこの運転手、尊敬してるんだけどいろいろ注文が多いんですよ。


町の中に入っていくと、「どこのストリートを曲がればいいの?」と殺気だった声で僕にきく。「ミシガン・ストリートを左に曲がって、2ブロック行ってから右に曲がる」と僕が的確に言う。


だが2ブロック行った通りは右折禁止である。「あーなんだぁ」と彼女はおおげさにため息をついて僕のほうを見る。そんなこと言われても、どこの通りが右折禁止かなんて全米の地図にのっているわけがないじゃないか。まったく不本意である。


それから、郊外のハイウェイを走っていても安心はできない。僕がぼおっと窓の外を眺めたりしていると、「あっちょっとちょっとあの風景写真に撮ってよ」なんてことを突然言い出すので「どれ?」と彼女が指差すほうをみるとそこには一群のホルスタイン牛の群れがのんびりと草を食んでいる。19世紀的にのどかな景色である。


「・・・あれを撮るわけ?」と僕はきく。「そうそう。あたしホルスタイン大好きだからさ」と彼女は言う。
しかしそのあいだにホルスタインの群れは遠ざかっていってしまう。「あーもう、撮れないじゃない」と彼女は言って怒る。そんなこと言われましてもねぇ。ホルスタインを撮れ、なんていう命令が下されるなんて予想はしてませんよ。


世の中の女性たちはこのエピソードをきいて、僕に同情してくれるのだろうか?それともみんな彼女のようなもんなんだろうか?俺にはわかりまへん。


まぁ、そんなこんなでアメリカ大陸横断の旅がはじまります。つまんないところが多いかもしれんけど(まぁたぶんそうだろな)最後までおつきあいください。


PS. いろいろ書いたけれど、この旅では本当に彼女に感謝しています。彼女は長い旅行の間中一人で運転していたにもかかわらず文句ひとつ言わず、旅を楽しませてくれました。彼女がいなかったら大陸横断できませんでした。運転はしなくても俺も一応旅に参加していたと思っているけど、しかし彼女のほうが(あたりまえだけど)やっぱり偉いと思う。なんで、このシリーズの最初にあたって彼女に深く深く感謝の言葉を残しておくことにしました。ありがとね。