セビーリャ(2) | koroのいきあたりばっ旅:アメリカ大陸横断編

セビーリャ(2)

関係ない話だけど、これを読んでくれている人から、昨日のエントリを見て「なんだか逃げてばっかりじゃん」というご指摘を受けました。食い逃げといい、変なおばさんから逃げたことといい、確かにその通りですね。ドタバタしてました。

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2004年10月25日


セビーリャの街は緑が多かった。街のあちこちにオレンジの木があったし、桐の花のような青い花をつけた木もそこかしこにあった。あいにく天気は悪く、ときどき雨が降ったが、かえって緑が鮮やかに見えた。美しい街だ、と僕は思った。


スペイン広場に行き、ゴールデン・タワー(工事中だった)を見てしまうとぐったり疲れてしまったのでホステルへ戻ってごろんとベッドに横になっていた。そのうちに隣のベッドの女の子が戻ってきて僕に英語で話しかけてきた。彼女はオランダ人で、驚くほどきれいな英語を話した。友達がセビーリャの大学に通っていて、彼女を訪ねに来たのだという。


その隣のベッドにいた男2人も会話に加わった。彼らはアメリカ人とオーストラリア人で、彼らの友達もここの大学にいるのだという。セビーリャはスペインの中では大学の町として知られているようだ。驚いたことにこのアメリカ人はワシントンDCのジョージタウン大学の学生で、今はプラハに留学しているのだという。ジョージタウン大学は僕が通っているアメリカン大学からすぐ近くだ。


世界は狭い。


もう1人のオーストラリア人の女の子も戻ってきた。僕がブリュッセルから来た、と言うとその女の子は「私は一週間前にブリュッセルに行ったわ」と言った。彼女はプラハからスイス、ベルギー、フランスを通ってスペインにやってきたのだという。そしてこれからイタリア、さらにはアフリカに行くつもりだと言った。へえすごい、と僕は思った。沢木耕太郎の「深夜特急」みたいだ。


 

彼らはどこかで一杯飲もうよと言い出したので、僕も着いていくことにした。街をぶらぶら歩き、アメリカ人の友達2人と合流して、バル(バー)に入ってビールを飲んでみんなでいろいろな話をした。


「アメリカとイギリスの英語が違うのはよくわかるんだけど、」と僕はオーストラリア人にきいてみた、「イギリスとオーストラリアの英語はあまり違わないんじゃない?元植民地だったし」と言うと、オーストラリア人の男の子は「冗談じゃない!一緒にされちゃ困るよ、全然違うじゃない」と本当に驚いた顔で言ったけれど、その驚きぶりがおかしかったのでみんな笑った。


オランダ人の女の子はロッテルダムの近くの小さな町の出身で、今は働いている、と言った。「働いているのにこんなに長い休暇をとっていいの?」と僕がきくと、「うん、まぁ私の会社はフレキシブルなほうだけど、これから一ヶ月休暇を取れるわ。だって必要じゃない、たまには」と当然のことのように言ったけれど、日本だとこういうのは当然だとは思われないだろうなぁと思った。それにしてもずいぶん英語がうまいなと思ってきいてみると、特に勉強したわけではないけれど、と彼女は言った。英語の他にドイツ語もだいたい理解できる、オランダ語によく似ているから、と彼女は言った。

 結局僕らは3時間近くもそのバーにいて、一旦宿に戻ってから他の人たちは今度はフラメンコを見に行くといって出て行ったが、僕は値段が高い(31ユーロ)のと疲れているので遠慮し、ベッドで横になってそのうち眠ってしまった。